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ふわふわと光が舞っている。
雲が月を覆い隠し、ここだけ切り取ったように風の ない世界。
蛍が舞うための世界を作り上げ、私は歩く。
フィス「きれい・・・」 |
この美しさを称賛する声すら、この世界では無粋な雑音だろう。
澄 んだ水が穏やかに流れ、水面にも宙にも光が満ちている。
月にも人工の照明にも負けてしまうような光。
命懸けの、愛の光。
フィス「・・・・・・・」 |
感嘆の溜め息が出る。
遠くの夜店の光すら背景にして、蛍 が舞う。
座り込んで愛を囁き合うカップルも居れば、立ったまま昔話に花を咲かせる兄弟も居る。
でもそれはただの背景。主役にはな り得ない。
もちろん、私も背景の一部。
他人から離れた適当な場所に座り込んだ。
夜店で買った水風船をてしてしと鳴らしつ つ、光度を下げた光を舞わせてみる。光霊使いの特権だ。
フィス「!」 |
舞 わせた光に蛍が寄ってくる。
明滅しない光が珍しいのだろうか。不思議そうにしている心を感じた。
どんなにぶつかってもすり抜けて しまう『蛍』に一生を捧げさせるのは不本意だから、蛍を『蛍』で群れの中に誘導して光霊は消した。
フィス「恋人、見つかったかな?」 |
こうして乱舞する蛍も、相手を見つけたら後は密やかに囁き合う だけ。
ヒトも蛍も変わらない。
・・・・・・変わらない。
子を成すために恋し、愛し、つがい、死ぬ。
よく 蛍は儚いから愛されると聞くけれど、そう言うヒトも充分に儚いと私は思う。
フィス「・・・♪」 |
口の中だけで、歌う。
蛍の邪魔をしないように。
歌 いながら立ち上がり、ぶらぶらとまた歩き出した。
浴衣と甚平の兄弟が昔話をしている後ろを通りすぎる。
甚平の弟は目をキラキラさ せて。
浴衣の兄は目を細めて懐かしむように。
話は頭に入らなかった。
ただ、蛍はヒトの儚い記憶を呼び起こすんだなぁと思 う。
夜店で買った派手な色の飲み物を口に含みながら、睦言を囁き合うカップルの横を通りすぎる。
なんとなく成立していない会話が 聞こえた気がするけれど、睦言なんてそんなもの。
他人には意味のない、柔らかくくすぐったい囁き。
蛍の光を見て、蛍に恋するものが居ない のと同じこと。
(蛍は綺麗だ。でも早く死ぬ。そして減りつつある。なぜだと思う?)
自分はなんと答えただろうか。
(ヒ トと同じさ。粗悪品ばかり増える。そして滅ぶ)
宙を見る。まだ蛍は舞っている。
フィス「・・・・」 |
ぼそりと、呟いた。
・・・・私 は、来年も蛍が見たい。
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ココから先は浴衣を着るまでの蛇足なお話
ばふっ
大きな鳥が ビニールの包みを落とす。地面に落ちる前にしっかりと受け止めた。
主が頼んでいた浴衣らしいが・・・
フィス「真っ白?」 |
ベルシー「のようですね」 |
染 めも絵入れもしていない、完全な無地。
生地に凝っているかと言えばそうでもない。浴衣は気軽に着る物だからだ。
フィス「まぁ、模様は入れられるから気にしなく て良いの。タオルはそこにあるからね」 |
ベルシー「わかりました」 |
浴 衣や着物というものは胴周りをストンとさせるために詰め物をする。
主のように凹凸の激しい体には特に必要な物だ。
ビニールを適当 に裂き、中の浴衣を手に取る。
ベルシー「!!!」 |
フィス「あら?」 |
私の触れた部分から布地が濃紺に染まっていく。
慌ててビ ニールの上に置き直すが、浸食は止まらず綺麗に変色してしまった。
呆然とする私を余所に、下着姿の主が何かを拾い上げる。
フィス「『これは心変わりの浴衣です。着せる人 間により色や模様が変わります。心を込めて着付けよう!』だって」 |
心 変わりの使い方おかしいよね?と主が呟くが、そこは問題ではなかった。
思うように色が変わる。
主を濃紺の夜空に輝く星のように想ってい た、私の心が見透かされてしまう。
フィス「ねえさまの悪戯ね。面白いから良いけ ど・・・さ、早く着付けて」 |
ベルシー「あ、は、はい」 |
慎 重に浴衣を取り上げて広げる。
すると今度はひとりでに主にまとわりついた。
ベルシー「なん・・・!」 |
フィス「着付けないと、なのに全自動?ベル シー、タオル当てて」 |
ベルシー「は、はい!」 |
勝 手に主を締め付けていく浴衣に四苦八苦しながらタオルを当てる。
きちんとタオルを抱き込み浴衣の様相を揃えたところで浴衣は止まった。
フィス「帯は手動かな?巻いて」 |
ベルシー「はい。苦しかったら言って下さい」 |
手に取った帯は濃紫に染まる。
主のうなじと淡く香る香油 に頭はくらくらしつつも、体はしっかり動いていた。
濃紺の浴衣と濃紫の帯。風情はあるが、味気ないものだ。
ベルシー「・・・少し、地味ですね」 |
ポツリと呟いたのが聞こえたのか、主はにこりと笑った。
フィス「私の事、イメージしながら浴衣を撫でて みて。多分、あってるから」 |
ベルシー「?解りました――――!!」 |
そっと袖を撫でると、触れた場所に翡翠蘭が描かれていく。
不 思議な感覚だった。
何かに操られるように胸元から反対の袖へ。帯周りから足元へと手を伸ばす。
まんべんなく花を散らすと妙な満足 感があった。
黄と紫の翡翠蘭。
帯には白い桜。
ベルシー「・・・・・・・今度は派手すぎました ね。申し訳ありません」 |
フィス「ううん。すごく素敵・・・ありがとう、 ベルシー」 |
愛のしるし。
純潔。
そ れを纏ってカラコロ駆けて行く。
愛を求めし蛍の舞う場所へ。